この節の最後には以下のことができるようになります。
弾力性の基本概念、すなわち、ある変数における1%の変化がもう一つの変数を何%増減させるか、は単純に供給量と需要量の価格に対する応答を示すわけではありません。需要量は所得、好み、関連する他の財の価格によっても決まるという事を思い出しましょう。同様に、供給量はその価格だけではなく、生産コストなどの要因によっても決まります。以上から、価格弾力性だけではなく、需要量や供給量に関連するあらゆる要因の弾力性でも計算することができるのです。
需要の所得弾力性は、需要量の変化率(%)を所得の変化率(%)で割ることによって計算できます。
$$ \text{ 需要の所得弾力性 } = \frac{ 需要量の変化率 }{ 所得の変化率 } $$
ほとんどの製品について、ほとんどの場合、需要の所得弾力性は正です。すなわち、所得の増加によって、需要量が増加するということです。この特徴は多くの財について共通するもので、それらの財は普通財と呼ばれるます。しかしながら、いくつかの財については、人によって所得が増加すると買う量が減る場合があります。例えば、高所得者はハンバーガーをあまり買わないかもしれません。なぜなら、彼らはハンバーガーの代わりにステーキを買うからです。別の例をあげるなら、高所得者は安いワインを買う代わりに美味しい輸入ビールを買うかもしれません。需要の所得弾力性が負である財は、劣等財と呼ばれます。
正常財と下級財のコンセプトについては需要と供給の章で紹介しました。所得がより高いほど、正常財の需要曲線は右側にシフトします。このとき需要の所得弾力性は正の値を示します。需要がどれだけシフトするかは需要の所得弾力性によります。所得の弾力性がより大きければ曲線は大きくシフトします。一方で下級財では需要の所得弾力性は負の値で、所得がより高いほど需要曲線は左側にシフトします。正常財と同様に、どれだけシフトするかは所得弾力性(負の値)の大きさによります。
ある2つの財が補完財であるとき(例えばパンとピーナッツバター)、片方の財の価格の変化は他方の財の需要量をシフトさせることがあります。この場合、片方の財の価格が下落すると他方の財の需要量は増加します。しかし、2つの財が代替財であれば(例えば飛行機のチケットと電車のチケット)、片方の財の価格が下落すると、人々は価格が下落した方の財に移り、他方の財の消費量は減少します。飛行機のチケットがより安くなると、電車のチケットの利用者は減少し、その逆もまた同様です。
需要の交差価格弾力性は補完財と代替財の考え方にいくらか肉付けしたものです。「交差価格」という言葉は、ある財の価格が異なる財の需要量に影響するという考え方から来ています。具体的には需要の交差価格弾力性とは、財Bの価格の変化率の結果として需要される財Aの量の変化率を表します。
$$ \text{ 需要の交差価格弾力性 } = \frac{ 財Aの需要量の変化率 }{ 財Bの価格の変化率 } $$
代替品は需要において正の交差価格弾力性を持っています。もしコーヒーと紅茶のように商品Aが商品Bの代替品である場合、Bの価格が高いほどAの消費量が多くなります。補完財は負の交差価格弾力性を持っています。コーヒーと砂糖のように、商品Aが商品Bの補完財である場合、Bの価格が高いほどAの消費量は少なくなります。
弾力性の概念は商品やサービスの市場だけでなく、あらゆる市場に適用されます。 たとえば労働市場では労働供給の賃金弾力性、つまり労働時間の変化率を賃金の変化率で割ったものは、労働供給曲線の形状を反映します。 具体的には
$$ \text{ 労働供給の弾力性 } = \frac{ 供給される労働の数量の変化率 }{ 賃金の変化率 } $$
10代の労働者の労働供給の賃金弾力性は一般にかなり弾力的です。つまり、賃金の変化は、賃金の変化率よりも大きな労働時間の変化率につながります。 逆に、30代および40代の成人労働者の労働供給の賃金弾力性はかなり非弾力的です。賃金が増減するとき、最も稼げる年齢層の成人の労働時間は変化しますが、その変化率は賃金の変化率よりは少なくなります。
金融資本市場では貯蓄の弾力性、つまり貯蓄額の変化率を金利の変化率で割ったものが、金融資本の供給曲線の形を表します。 具体的には
$$ \text{ 貯蓄の弾力性 } = \frac{ 貯蓄額の変化率 }{ 金利の変化率 } $$
時に、貯蓄に対するリターンが多くなるように税控除を設ける法律が施行されることがあります。このような政策は、金融資本の供給曲線が弾力的な場合、貯蓄される金額を比較的大きく増加させます。なぜなら貯蓄に対する利子率が上がれば貯蓄額も増えるからです。しかし、もし供給曲線が非常に非弾力的な場合、利子率の増加は貯蓄額を少ししか増加させません。金融資本の供給曲線が弾力的か否かという問題は議論の火種となっていますが、少なくとも短期的には貯蓄の弾力性は利子率と比較して非弾力的であると考えられます。
弾力性の概念は、いつも決まって需要供給曲線と関係するわけではありません。例えば、あなたが、国税庁が所得申告の監査により多くのお金を費やすべきかどうかを研究しているとします。この問は、監査の強化による税収増減の弾力性と監査に要する費用の弾力性の比較の問題として捉えることができます。つまり、監査を強化することの費用の変化率に対して、税収の変化率がどの程度か、ということです。
これまで解説してきた弾力性の概念の全て(そのいくつかは表5.4にある)において、いくつかの点で混乱が生じる可能性があります。「需要の弾力性」あるいは「供給の弾力性」という言葉を耳にしたとき、それらは価格に対する弾力性を指します。ときどき経済学者は、複数の弾力性の話をしていてそれぞれはっきりと区別したい場合などに、需要の弾力性を、需要の価格弾力性または、「価格に対する需要の弾力性」と呼びます。同様に、供給の価格弾力性という表現における混乱を無くすために、供給の価格弾力性または、「価格に対する供給の弾力性」という表現を用いることがあります。。しかし、どのような文脈でも、弾力性の考え方はいつもある変数(ほとんどの場合価格やお金といった変数)の変化率が、もう一つの変数(一般的にはあるものの量といった変数)の変化率にどう影響するかということなのです。
$$ \text{ 需要の所得弾力性 } = \frac{ 需要量の変化率 }{ 所得の変化率 } $$ |
$$ \text{ 需要の交差価格弾力性 } = \frac{ 財Aの需要量の変化率 }{ 財Bの価格の変化率 } $$ |
$$ \text{ 労働供給の弾力性 } = \frac{ 供給される労働の数量の変化率 }{ 賃金の変化率 } $$ |
$$ \text{ 労働需要の弾力性 } = \frac{ 需要される労働の数量の変化率 }{ 賃金の変化率 } $$ |
$$ \text{ 貯蓄の弾力性 } = \frac{ 貯蓄額の変化率 }{ 金利の変化率 } $$ |
$$ \text{ 借入の弾力性 } = \frac{ 借入量の変化率 }{ 金利の変化率 } $$ |
表5.4 様々な弾力性の計算式
ネットフリックスの2011年における60%の価格上昇はどのような結果を招いたのでしょうか。それはかなり険しい道のりでした。
価格上昇の前、アメリカでのネットフリックスの登録者数は2460万人でした。価格上昇後、それに激怒した81万人が登録を解除しました。その結果、総登録者は2379万人に落ち込みました。しかしその後の2013年6月、ネットフリックスの登録者は3600万人となりました。これは価格上昇時から1140万人の増加であり、四半期ごとでは平均で160万人の増加となります。特に2010年の第4期と2011年の第1期では200万人弱の増加を経験したことになります。
価格上昇後の最初の一年間は、同社の株価(会社に対する将来の期待値)は一株当たり33.60ドルから7.80ドルに下落しました。しかしながら2016年の終わりには、一株当たり123ドルになりました。現在、ネットフリックスは世界50か国に8600万人以上の登録者がいます。
何が起こったのでしょうか。ネットフリックスの関係者が需要の法則を理解していたことは明らかです。彼らは価格上昇を告知する際、60万人が登録解除するだろうと報告しました。需要の弾力性に関する数式を用いれば、市場が非弾力的な反応を示すと彼らが期待していたことが簡単に分かります。
$$ \begin{align} & = \frac{–600,000/[(2400万人 + 2460万人)/2]}{$6/[($10 + $16)/2]} \\ & = \frac{–600,000/2430万人}{$6/$13} \\ & = \frac{–0.025}{0.46} \\ & = -0.05 \end{align} $$
加えて、ネットフリックスの関係者は新規顧客の獲得において、価格上昇は大きな影響を与えないと予想していました。ネットフリックスは2011年の第3期には129万人の新規登録者の増加を予測していました。しかしこの予想は彼らが経験した、四半期ごとに200万人の増加よりも遅いものでした。
顧客数の予測はなぜこれほど離れた数字になってしまったのでしょうか。ネットフリックスが設立されてから20年以上もの間に、完全な代替ではないものの似たサービスの数が増加しました。現在、消費者はVudu、Amazon Prime、Hulu、Redbox(アメリカで有名なDVDレンタル屋)、そして物理的な小売店に至る幅広い選択肢を持ちます。Jaime WeinmanはMaclean’s紙にて、Redboxの売店は「68%のアメリカ人にとって車で5分圏内にあり、多くの人がオンライン上の映画をロードするよりも、5分運転する方が便利であると考えるようです」と語った。2012年時点では、多くの消費者がストリーミングよりも物理的なDVDをより好んでいたようです。
ネットフリックスのマネジメントにおいて何が選択ミスだったのでしょうか。彼らは需要の弾力性を見誤ったことに加えて、自分たちのサービスに似た代替物の考慮しなかったこと、顧客の趣味嗜好を見誤ったように見受けられます。しかし時代が進むに連れ物理的なDVDはストリーミングの人気によって取って代わられるかもしれません。最後に勝つのがネットフリックスである可能性は大いにあります。
需要の交差価格弾力性 | cross-price elasticity of demand |
労働供給の賃金弾力性 | wage elasticity of labor supply |
貯蓄の弾力性 | elasticity of savings |