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経済学は、人が希少性に直面した際にどのように決断を下すかに関する学問です。それらの決断には個人的なもの、家族によるもの、ビジネス・社会的なものがあります。注意深く周囲を見渡したら、希少性は日常的なことだとわかるでしょう。希少性とは、人が求めている商品、サービス、資源が、利用可能なもの(商品・サービス・資源)の数量よりも多いということを意味します。労働、道具、土地、原材料のような資源は、私たちが求める商品やサービスを生み出すために必要不可欠です。しかし、それらの供給量は限られています。もちろん、究極の希少資源は時間です。裕福な人であれ貧しい人であれ、すべての人は、財やサービスを取得するためにお金を稼ぐための時間、余暇活動のための時間、睡眠のための時間は24時間しかありません。いずれの時点でも、利用可能な資源は限られています。
このように考えてみてください。2015年、アメリカにおける労働人口は1億5800万以上存在しており、米国労働省労働統計局によると、合計土地面積は3,794,101平方マイルでした。たしかに大きな数字ですが、無限ではないのです。これらの資源は限られているので、私たちが生産できる商品やサービスの数も限られています。この事実と、人間の欲求が事実上限りがないということを組み合わせると、なぜ希少性が問題なのかが分かります。
データは経済学ではとても重要です。なぜならデータは経済学が理解しようと努める論点や問題を説明し、計測するからです。様々な政府機関が経済や社会的なデータを公表しています。この教科書ではSt. Louis Federal Reserve Bank’s FREDデータベースのデータを使います。FREDはかなり使いやすくデータを表で見ることができ、もしデータを他の目的で使いたいならスプレッドシートとしてデータを簡単にダウンロードできます。FREDのウェブサイトは40万近くの、国内及び国際的な変数についての経時的な、以下のようなカテゴリーのデータが含まれています。
FREDの使い方の情報は、YouTubeの様々な説明のビデオを見てください。
図 1.2 希少資源ホームレスの人々の存在は希少性が現実であることを気づかせます。(Credit: “daveynin”/Flickr Creative Commons)
まだ希少性が問題だということが信じられなければ次のことを考えてみましょう。人間にとって食べ物は必要ですか?生活する適切な場所は必要ですか?皆が医療機関にアクセス可能ですか?世界中のどの国にも飢えている人やホームレスの人や、十分な医療を受けられていない人は存在しています。なぜこうなるのでしょうか。それは希少性のためです。経済学を理解するうえで重要となる希少性という概念をさらに深く掘り下げていきましょう。
食料、住居、衣服、移動手段、医療や娯楽など消費しているすべてのものをどのようにして得ているかを考えてみましょう。全てを自分で生み出すことはできませんので、お金を払って買います。ではどうやって購入するために十分なお金を手に入れるのでしょうか。お金は働いて稼ぎます。働かないのであれば、誰かしらに代わりに働いてもらいます。多くの人はほしいもの全てを買うだけの十分な収入を得ることはありません。これは希少性が原因です。ではこの問題をどう解決するのでしょうか。
このウェブサイトでは、アメリカが資源の希少性にどう対処しているかを紹介しています。
全ての社会の全ての段階で、資源をどのように利用するかという選択をしなければなりません。家族なら、お金を新しい車に使うか、それとも楽しい休暇に使うのか。町ならば、より多くの予算を警察や消防に振り分けるのか、それとも教育に振り分けるのか。国家であれば、より多くの資金を国防・経済保護のどちらにそそぐのかを、決めなければならないのです。ほとんどのケースにおいて、全てのことをするだけの十分な予算はありません。限られた資源をできる限り有効に使うには、つまり、限られた資源で最も多くの財やサービスを得るには、どうしたら良いのでしょうか。これには2つの選択肢があります。1つは、自分たちで消費するものを全て自分たちで生産してしまうこと。もう1つは、消費したいもののうちのいくつかを生産し、その他の欲しいものと「交換」するということです。これらの選択について考えてみましょう。なぜ私たちは、それぞれ自分たちが消費するものの全てを生産しないのでしょうか。各個人が、家の建て方から作物の育て方、獲物の狩り方、道具の直し方まで、今よりはるかに知っていた開拓時代を思い返してみましょう。現代の私達のほとんどは、これらの全ての方法は(もしかしたら1つも)知りませんが、それは私たちが学べなかったからではありません。むしろ、する必要がなかったからです。その理由は、労働の分業と特化と呼ばれる、アダム・スミスが著書である国富論で唱えた生産革命にあります。
図 1.3 Adam SmithAdam Smithは作業を細分化する考え方を提唱しました。(Credit:Wikimedia Commons)
経済学という学問はAdam Smith(1723-1790)が1776年に有名な著書「The Wealth of Nations (国富論)」を出版したことに始まります。Smithの以前にも多くの著者が経済について言及していますが、総合的に主題として扱ったのは彼が初めてのことです。その国富論の第一章の中でSmithは分業の概念を、ある財やサービスの生産を同じ人間がすべて行う代わりに、複数の人で作業を分担して行う方法であると述べています。
Smithは、分業の例として、1つのピンを作るのにいったいどれくらいの作業があるのかを数えました。ワイヤーを引き延ばし、正しい長さに切り、それをまっすぐにし、一端にヘッドをつけ、販売するために梱包し、などなどです。Smithは18個もの異なる作業が別々の人によって行われていることを示しました。たった1つのピンのためにですよ!?信じられますか!?
現代のビジネスも仕事を分担しています。比較的単純なレストランのような仕事でさえ、その作業は料理長、副料理長、キッチンスタッフ、ホールのウェイター、ドアマン、清掃業者、そして給与や請求書を管理するビジネスマネージャー等に分けられます。(言うまでもなく、レストランへの食料提供、家具、キッチン設備、それが位置する建物といった経済的なつながりにも分担が存在します。)靴工場のような製造工場や病院などの複雑な仕事では、何百もの役職があります。
図 1.4 分業流れ作業の労働者たちは分業の一例です。(Credit: Nina Hale/Flickr Creative Commons)
私達が財やサービスに関する仕事を分担・細分するとき、従業員やビジネスはより大きなアウトプットを生み出すことができます。アダム・スミスのピン工場の観察において、彼は一人の労働者が単独で生産できるピンの数は一日に20本と考えましたが、ピン製造全体の18の作業における2,3の作業を割り当てた10人による分業では一日に48,000本生産できるとしました。どのようにして集団の労働者は、それぞれに決まった作業の専門化によって同じ数の労働者の単独の財・サービスの生産よりもとてつもなく大きな生産をすることが可能なのでしょうか。スミスは3つの理由を挙げています。
1つ目に、特定の小さな作業に特化することは、従業員が生産工程の内で彼らが優位性を持つ特定の過程に集中できるようにします。(後の章で比較優位について議論することによってこの考えを深めます。)人々は異なる能力や才能、関心を持っていて、仕事によって得意不得意が生じますよりよい職業に就きます。このような特徴的な優位性はそれぞれの関心や才能によって行われた教育上の選択に基づくものであると考えられます。例えば、医学学位を持った人々だけが医師になる資格を持ちます。一部の財では地理的な関係も特化に影響を与えます。例えば、小麦農家はフロリダ州よりノースダコタ州でなる方が簡単ですが観光客用のホテルを経営するにはノースダコタ州よりフロリダ州の方が適しています。ドライクリーニング屋や映画館を経営するために十分な客を集めるには、人口がわずかな田舎の地域よりも大きな都市近郊の方が簡単でしょう。どんな理由であれ、人間は得意なものとそうでないものを組み合わせて生産をするよりも、それぞれが適したものに特化する方がより効果を得られるのです。
2つ目に、ある作業に特化した労働者は、より早く、より質の良いものを生産するようになります。これは車の生産ラインで働いてる人、髪を切るヘアスタイリスト、心臓手術を行う外科医もそうです。また、自分の仕事に特化した労働者は、仕事をより早く、質の良いものとするための改善ができます。
ビジネスでも同様のパターンが見られます。多くの場合、一つ、あるいは少数の商品(しばしばコア・コンピテンスと呼ばれる商品)に専念する企業の方が、幅広い商品を手掛ける企業よりも成功します。
3つ目に、特化は規模の経済を活用することができます。規模の経済とは、あらゆる財において生産の規模が拡大すると一つ一つの製造にかかる費用が下がることをいいます。例えば、ある工場が一年で車を100台しか製造しない場合、各車にかかる平均費用はかなり高くなります。一方である工場が一年で車を50,000台製造した場合、大型の機械と、特化した作業員を配置した製造ラインを設置することができ、各車にかかる平均費用は低くなります。自分の好みや特技に集中し、特化した作業の熟練度を上げ、より規模の大きな組織で働くことができる労働者は、社会全体として、一人ひとりがそれぞれの財やサービスを生産しようとするよりはるかに多くの生産と消費を行うことができます。労働の分業と特化は希少性の問題に対抗する強い力となっています。
特化は、労働者がそれぞれの仕事をすることで得た収入を他の財やサービスを購入するために使えなければ意味を成しません。つまり、特化が成立するためには交換が行われることが前提となります。
音楽を聴くためには電子工学や音響システムについての知識は必要ありません。携帯音楽プレーヤーに音楽を入れて聴くだけです。服を着るために合成繊維の知識やミシンの構造を知っている必要はありません。買って着るだけです。車を運転するために、エンジン内部の構造を知る必要はありません。乗って運転するだけです。使いたい財やサービス全てについての知識やスキルを身につけるのではなく、市場は特定の特化したスキルを使って得た収入を用いて使いたい財やサービスを購入することを可能とします。これにより現代社会はこれほど経済的に発展してきました。
経済学がどのような学問なのかの概要はわかりました。次に、なぜ経済学を学ぶのが好ましいかを見ていきましょう。経済学は単に事実を丸暗記する学問ではありません。経済学は答えなければならない質問、解くべきパズルの集合であると考えることができます。さらに経済学はこのような質問に答えるためのツールを提供しています。経済学を学ぶべき理由は他にもあります。
経済学 | economics |
希少性 | scarcity |
分業 | division |
特価 | specialization |
規模の経済 | economies of scale |