ミクロ経済学基礎

1.3 経済学者がどのように仮説やモデルを使って経済学的な課題を理解するのか

この章の最後には、以下のことができるようになります。

John Maynard Keynesの写真

図 1.5 John Maynard Keynes(ジョン・メイナード・ケインズ)John Maynard Keynesは近代の最も影響力のある経済学者の一人である。 (Credit: Wikimedia Commons)

John Maynard Keynes (1883–1946)は20世紀の最も偉大な経済学者の一人であり、経済は単なる研究分野ではなく、思考の方法でもあることを指摘しました。彼は仲間の経済学者に向けて有名な以下の序文を書きました。「[経済学]は教義というよりも「方法」であり、思考のための道具であり、考えるための技術である。それはその考えを持つ人が正しい結論を出すための手助けをする。」言い換えれば、経済学はあなたに何を考えるかではなくどのように考えるかを教えるのです。

経済学者は人類学者や生物学者、古典学者、開業医といったどの分野の人とも異なる見方で世界をみています。経済学者は、人の行動に関する特有の仮定のもとにした経済理論を用いて出来事や問題を分析しています。これらの仮定は人類学者や心理学者のものとは違う傾向にあります。理論は2つ以上の変数が相互にどう作用しているのかを簡潔に表現しているものです。理論の目的は複雑な現代の問題を取り出し、本質に落とし込んで簡潔にすることです。うまくできれば、アナリストが問題やその周りのことを理解できるようになります。いい理論というのは理解するのに十分に簡潔で、かつ研究している事柄や状況のカギとなる部分をとらえている程度に複雑なものです。

経済学者は理論という単語の代わりにモデルという単語を使うことがあります。厳密には、理論は抽象的なものを指し、モデルはより応用された、経験的なものを指します。理論を検証すためにモデルを使いますが、ここではこれらの単語を互換のあるものとして扱います。

例えば、大きなオフィスビルを計画している建築者は新しいビルが建つことで都市全体がどうみえるかを見るために机上に物理的なモデルを作ります。会社でも新しい商品を開発する際に、最終的なものよりも大まかで未完成だけれども、どう働くかを説明できるくらいのモデルを作ります。

フロー循環図は、経済学のモデル学び始めるのにいいモデルです。この図は経済を世帯と企業の2つによって構成されるものとして表現しています。世帯と企業は、企業が売り世帯が買う財・サービス市場と、世帯が企業や他の従業員へ労働力を提供する労働市場を通じて相互作用しあっています。

フロー循環図の外側の矢印が示すのは財・サービス市場で、内側の矢印は労働市場を示します。財・サービス市場を示す外側の矢印が示しているように、企業は財とサービスを世帯に提供し、その引き換えに世帯は企業に対価を支払います。労働市場を示す内側の矢印が示すように、世帯は企業に労働力を提供し、その引き換えに企業は世帯に賃金と給料と利益を支払います。

図 1.6 フロー循環図フロー循環図は財・サービス市場と労働市場の中で世帯と企業がどのように相互作用しあっているかを示しています。財・サービス市場の矢印の向きは世帯が財とサービスを受給し、その対価を企業に支払うことを示します。労働市場では、世帯が労働力を提供し、企業は賃金や給料、利益を通じてその労働力への対価を支払います。

財やサービスを売る市場(商品市場)において、企業は財やサービスを作って、世帯に売ります。これを矢印のAが示しています。世帯は財やサービスに対して対価を支払い、それが企業の収益となります。これを矢印のBが示しています。では、世帯はどこで財やサービスを購入するための収入を得ているのでしょうか。世帯は、投入物(インプット(または生産要素))の市場で、企業が財やサービスを作るのに必要な労働力やその他の資源(土地、資本、原材料、など)を企業に提供します。これを矢印のCが示しています。これらの投入物(または資源)の見返りとして企業は賃金やその他要素支払いといった形態で世帯にお金を払います。これを矢印のDが示しています。

もちろん、現実の世界では財やサービスのためのいろいろな市場が存在しますし、いろいろな労働の種類についての市場が存在します。フロー循環図は、全体像をよりつかみやすくするためにそれらを単純化しています。図では、企業は財やサービスを生産し、企業はそれを世帯に販売することで利益を得るという表現をしています。外側の円がこれを示していて、世帯が需要し企業が供給する商品市場の2つの側面を示しています。世帯は賃金、給料や利益のために企業に労働を提供します。内側の円がこれを示していて、世帯が供給し企業が需要する労働市場の2つの側面を示しています。

このフロー循環図は最低限の要素しかありませんが、商品市場と労働市場が経済の中でどのように機能するかを説明するためには十分です。金融市場、政府、輸入や輸出といった要素を考慮したい場合、この基本の図に細部を簡単に追加することができます。

大工が工具箱を持ち歩くように、経済学者は複数の理論を頭の中に持っています。経済的な課題や問題に遭遇すると、知っている理論を見ていき、あてはまるものがあるかを探します。あてはまるものがあれば、その理論を使ってその課題や問題についての知見を得ます。経済学者は理論を図やグラフ、数式などで表します。(この教科書ではグラフを多めに使っているので安心してください。)経済学者は問題に対する答えを見つけてから図やグラフを描くわけではありません。むしろ逆で、理論のグラフを使って答えを導き出します。入門レベルでは経済モデルを適用しなくても答えを見つけ出すことはできますが、経済学を勉強し続ければしばらくすると答えを導くためにグラフを用いなければならない課題や問題に遭遇することでしょう。ミクロ経済学でもマクロ経済学でも、理論やモデルに基づいて説明が行われます。最もよく知られているのはおそらく需要と供給に関するものですが、他のものも複数学んでいきます。

批判的思考のための問題

  1. 理論を「現実的ではない」として批判することが、ずるい、あるいは意味がないのはなぜでしょうか。
  2. 経済学者として、今までになかった出来事を分析するように頼まれたとします。またそれを分析するための特定のモデルも無いとします。どうすればよいでしょうか。ヒント: 大工は同じような状況でどのように対応するでしょうか。

対訳表

理論 theory
モデル model
フロー循環図 circular flow diagram
財・サービス市場 goods and services market
労働市場 labor market

1.4 経済はどのように整理できるか:経済システムの概要 »