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4 「知的財産」としての特許と著作権

情報における2つの主な独占権のうち特許は、発明に関する発想やアプローチをカバーするより広いものとして考えられている。一方で著作権は、完全な、あるいは完全に近い複製に焦点を当てている。著作権は、当初は出版された書物の複製を念頭に置いていたが、現在は厳密な言語や記号といったコピー可能な形態を持つほぼ全ての資料を含むようになった。これには音楽や映像といった文化的な作品だけではなくソフトウェアといった商業的な情報も含まれる。著作権が、架空のキャラクターからソフトウェアインターフェイスのデザインまで幅広くカバーするように拡張されたことで、著作権と特許の区別はやや曖昧になりつつある。もともと特許と著作権は異なるものであったが、今ではいずれも情報に関連する独占権である「知的財産」の一部として分類される。

しかしながら区別は依然として存在する。例えば、特許は比較的短く、延長されたとしても20年と保たない。対照的に、著作権は非常に長く、作者の死後70年以上も独占的な効力が持続する。このため、かなり前に他界した作者の作品でも、著作権がその作者の子孫や受託者、権利を買った団体の管理下にあることが一般的だ。

特許と著作権の他に「知的財産」に分類される情報がある。最も有名なのは、ブランディングを管理する権利である商標だが、他にもトレードシークレットや、データベースに関する権利といった新しいものも存在する。

これら複数の「知的財産」が存在していてもなお、進歩性、創造性に対する報酬は包括的、公正的ではなく、それぞれに見合ったものでは無い。身の回りのものの発明の多くは商品ではなくコンセプトであるがゆえ、何十億という人々が恩恵を受けるかもしれない問題の解決策や行動様式であっても、金銭的な価値が無く、発明した人が報酬を得られない場合がある。例えばあなたが環状交差点を初めて発明して、世界中の交通整理に貢献したとしても、特許として申請できるものは何もない。数学や物理の難題を解いたとしても、その解答を独占的に管理することはできないし、直ちに金銭的な報酬を受けることもない。歌詞を書いた場合著作権が付与され、作曲をした場合も著作権が付与される。しかし曲と歌詞に合う、PVでよく用いられるストロボ効果を発明したとしても手元には何も残らない。

特許と著作権の歴史は、それぞれの範囲と有効期間を考えると長く複雑だが、いずれも当初から独占を許可するものとして設計されていた。またいずれも今で言う「知的財産」が意味する財産として解釈されていなかった。一方でここ数十年、特許と著作権の支持者が、特許と著作権を独占との否定的な関係から解放し、より賛同しやすい私有財産の考え方で置き換えようと試みている。

情報の流通を規制する法的な排他的権利を指すのに「知的財産権」という言葉を用いることは、良いことであるとは言えない。このブランド戦略は、こうした規制を物財についての伝統的な権利と結びつけたが、物財についての権利は慣習と経験(おそらくはとりわけ過去数百年の、私的所有権があまりにも悲惨な形で侵害されてきた経験)があって尊重されているものだ。この意図的な混同は、ほとんど、レトリックを通じたハイジャックのようなものだ。

情報は、競合が生じたり独占的ではないので物財とは異なる。情報は本来所有物ではない。モーツァルトの最後のシンフォニーやフェルマーの最終定理やチェスのルールを所有することはできない。情報は一度作られると解き放たれ、私たち全員のものとなるのだ。

新しい曲、家具のデザイン、小説においても本質的には同じだ。しかし法律上はそうではない。法律上はこれらは著作権や特許による独占の対象となる。著作権や特許は、クリエイターや投資家が努力やリスクを通じて利益を生み、結果としてより多くを生産することに対するインセンティブを与える。しかしこれらの制限は故意に価格を吊り上げ、第三者がその情報を二次利用できる範囲を限定的なものとすることで機能する。私たちは物財の競合と、情報へのアクセスとその利用を制限する作られた独占とを混同してはいけない。

Robert Musilは『特性のない男』という小説の中で「ある炎から火を借りてもその炎の勢いは弱まることはない」と書いている。情報でも同じことが言える。イブプロフェンの生成法やLinuxのソースコードは過剰に利用されることで不利益を被るということはない。情報の非独占的性質、非競合的な性質を考慮すると、情報はすべての人がアクセス可能な集合的なコモンズとして、オープンモデルで扱うことが自然だろう。実際、多くの人々が同じ情報を同時に楽しんでいるという状況はよくある。例えばワールドカップの決勝戦やオリンピックの100メートル走などを観戦することもそうだ。同じ情報を共有すること自体が体験そのものに必要で、かつその質を高めるものなのだ。

情報の自由な共有は、情報の自然な状態に一致しているだけではなく、社会全体が情報を余すことなく利用することを可能とする唯一の方法だ。ただし、そのような情報財を生み出すことに商業的なインセンティブが存在しなければ最初からそのようなものを開発しないかもしれない。ハリウッド映画でも、一度作られてしまえばインターネット上で数秒でお金をかけずコピーすることが可能だ。しかしその映画を作るには何年もの労力と数千万、数億ドルというお金がかかる。そこで、情報のオープンな共有と、高価なオリジナルに対価を支払うことの間に葛藤が生まれる。もしその映画が著作権によって保護されないならば、その制作のための資金はどこから調達すればよいのだろうか。また、新しく開発された治療法が「知的財産」として守られなければ、その研究に必要な何十億ドルという費用はだれが払うのだろうか。莫大な費用だけでなく、評判や人々の生活にも影響があることなのだ。

もちろん創造性とイノベーションは認識され報酬が与えられるべきなのだが、独占権のみが報酬を与える唯一の方法ではない。例えば、18世紀の半ばまで多くの作家や作曲家は王族や貴族の恩顧により報酬を得ていた。最近では、多くの人文科学が、企業のスポンサー、大学の支援、アーツカウンシル、また特にアメリカの場合はトラストと財団によって育まれている。制作者は多くの場合、自身の功績に対する認知や名声によって間接的に報酬を得る。アインシュタインは自身のアイデアについて独占権を持っていなかった。人々は相対性理論やE=mc2の式を利用するためにお金を払っていない。彼は、それらを皆が読み、分析し、それを土台に発展させられるようにオープンに公開した。彼のキャリアのほとんどは公的資金あるいは私的資金によって運営されている大学によって支払われていたのだ。

こうしたパトロネージは、間違った人を支持したり富裕層への依存を生む可能性があるという欠点がある。一方で市場メカニズムはすべての人に対して機会を与え、割合に応じてイノベーションに報酬が与えられる。こちらも、先ほど見たように特に制作者が独占的な所有をしている場合に不利益が生じるという欠点がある。情報の創造に対して資金を提供するための、独占権を与えるよりも良い方法は存在する。人々が(たいていの場合税金を通じて)一体となり、国防や道路のための資金を調達するのと似たような形で、作られた情報や財に対してお金を支払うことが可能だ。さらに、これを消費者の市場における選択や自由を剥奪することなく行うことも可能だ。国が資金調達を担当し、市場や起業家にどの情報が作られて消費されるか(どの映画を作るか、どの医療研究を進めるか、どのソフトを開発するか)の判断を任せることが可能なのだ。

政府の委員会が、どの作家を支持してどのソフトウェアが開発されるべきかを決定するのは誰も見たくないだろう。そこで、いままでの需要主導型のメカニズムを利用することで、集められたお金の全て、または一部の配分を決めることができる。現在の特許や著作権による独占ではなく、イノベーターやクリエイターに「報酬権」を与えることができる。報酬権は、制作者に対して報酬権基金から支払いを受ける資格を与える。支払いの金額は、情報が生み出す価値(例えば、ある薬が健康にどの程度良い影響を及ぼすかや、ある曲が再生された回数など)に沿って決定される。

ではオープン・レボリューションは可能なのか?答えは、可能である。しかもしっかりとした経験と統計からそう言える。世界のソフトウェアがますますオープンになっている。スマートフォンの4つに5つは、数千の団体と個人が40年以上にわたって開発が行われ自由に共有されてきたオープンで無料のオペレーティングシステムを使っている。そしてこれは科学の業界のような体系だった公的資金による援助があったわけではない。またこれは専有ソフトウェアで想定される経済的優位性を持っていたわけでもない。オープンのアプローチに含まれるほぼ全ての要素は何かしらの分野で試行され、なおかつ成功している。

  1. インターネットは誰でも使うことができるオープンプラットフォームの例だ。インターネットでは一次利用だけでなく、二次利用、三次利用が可能なオープンソースの資料を数多く見つけることができる。
  2. 私たちはすでに一部の情報を入手するために税金を払っている。例えばBBCは、テレビを見るすべての人が支払うライセンス料により成り立っている。しかしこれは独占ではなく、BBCは制作の一部を外部の機関で行う法的な義務がある。アメリカにおける医療関係の研究開発の約半分は納税者により支払われている。
  3. 著作権管理団体などはすでに、録音された音楽を放送やダウンロード数にしたがって収益を分配している。SpotifyやNetflixのような定額制で使い放題の料金体系はオープンアプローチと多くの共通点がある。
  4. 様々な時代の様々な国の例えば、医薬品特許の提供がない医薬品市場はどうなるか、といった例が存在する。