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訳者あとがき

本書は、Rufus PollockによるThe Open Revolutionの全訳である。

作者のRufus Pollockは現在世界的に広まりつつあるオープンデータ運動のパイオニアである。情報の自由な共有を目指すNPOであるOpen Knowledge Foundation(OKF)を2004年に設立したほか、ソフトウェア市場における自由な競争の確立を目指すFoundation for a Free Information Infrastructureイギリス支部の理事、Creative Commons UKのポリシーアドバイザーを務めた経験があり、知的財産の開放に向けて積極的に活動している。OKFが開発しているオープンソースのオープンデータ管理システムであるCKANは世界中で利用されており、日本においても自治体がオープンデータなどを管理するためのデータカタログソフトのデファクトスタンダードとなっている。

作者が本書で唱えている「オープン」や「オープンネス」の考え方は古くから存在しているものだ。「オープン」や「オープンネス」は、これまで存在していた多くのの考え方と地続きであり、それらの適用範囲を拡大したもの、あるいはこれまでの考え方を内包するものであると捉えて良いだろう。特にフリーソフトウェア運動やフリーカルチャー運動の背景にある価値観と共通する部分が非常に多い。フリーソフトウェア運動はソフトウェアのソースコードを公開し、誰もが自由に利用・改変できるようにするべきだという考えが根底にある運動だ。1980年代にフリーソフト開発を行うGNU Projectから始まり、その後のオープンソースソフトウェア運動などと絡みながら現在に至る。かつては著作権や特許でソフトウェアを保護していた大企業も、今では一部のソフトのソースコードを公開するようになっている。ソースコードを公開することで、自社の従業員に限らず、それを改良したいと思う有志もソフト開発に参加することができる。そして、その改良されたソフトを使えるというインセンティブが企業側にもはたらくのだ。フリーカルチャー運動は、ソフトウェアに限らず著作権の保護対象となるあらゆる創作物を自由に利用・改変できるようにしようという考えをベースにしている。2001年に設立されたクリエイティブ・コモンズという組織と、その組織が確立した、一部の権利のみを主張することを可能としたライセンス体系が運動の発端となった。現在ではこの理念に共感する人々によって多くの資料、データ、写真、芸術作品などにクリエイティブ・コモンズ・ライセンスが使用されている。

では本書の内容の何が新しいのかというと、これまでどうしても企業や国や寄付に頼らざるをえなかった、オープンな情報の生産者への報酬について新たな制度を提案しているという点だ。報酬権という新しい権利を確立し、これを用いた報酬体系をつくることで、税金のように多くの人々から小さな額を集め、プールしたお金からクリエイターたちに報酬を分配することが可能なのだと筆者は言う。

この大胆な制度を今後実社会に導入していくにはかなりの精査と検証が必要だろう。例えば、本書では報酬権を用いたシステムの例としてイギリスの国営放送を挙げているが、日本ではイギリスの国営放送と報酬体系が似ている日本の国営放送のあり方について問題視する見方も出ている。また既存の報酬体系から報酬権を用いた制度へ移行する際の費用、時間、労力といったコストも無視できない。報酬権と、それを用いた新たな報酬体系は現段階ではまだ理論の段階にあり、今後さらなる概念実証が必要だ。

しかし、だからといってこのアイデアを捨て去ってしまうのは得策ではない。なぜなら著作権や特許による制限を受けている現在の報酬体系では、数多くのイノベーションや社会にとっての利益が阻害されているかもしれないからだ。その具体例が本書で取り上げられているインターネット、ヒトゲノム、そしてAIDS治療薬だ。6・8・10章では、これらが著作権や特許によって保護され、あわやクローズドなものであったかもしれなかったことを紹介している。もしインターネットがクローズドなものとなっていたら、ネット空間はここまで自由なものではなかったかもしれないし、またヒトゲノムやAIDS治療薬がクローズドなものとなっていたならば、本来救えたはずの多くの命が失われていたかもしれないのだ。

クローズドな基盤を持つ現在の社会の制度は時代遅れになりつつあり、新しい時代に合わせた新しいオープンな社会の制度を私たちは必要としている。では私たちがどうすればオープンな社会を作れるのだろうか。そのヒントが11章と12章に記されている。

ぜひ本書を紐解いて、そしてオープンの理念に共感したならば、可能な範囲でそれらを実践していって欲しい。

今では欠かすことのできないOSとなっているLinuxは90年代前半に開発が始まった。多くの文化や情報の自由な交流を支えてきたクリエイティブ・コモンズも2021年に20周年をむかえる。

本書に出てくるオープンネスと近い考え方は数十年も前から存在しており、現在に至るまで息絶えることなくじわじわと浸透し続けている。しかし1990年代に生まれ、インターネットと共に成長し、情報が毎日目まぐるしく行き交う現代を生きる私にとって20年、30年という期間は非常に長く感じてしまう。「より良い社会」を目指す人であれば誰しも、その社会が可能な限り早く実現することを望むであろう。「The Open Revolution」というタイトルには、作者であるRufusも感じているであろうそのじれったさを表しているのではないだろうか。革命を起こして今すぐ新しい世の中を作る必要があるのだ、と。

現存するソフトウェア、技術、書籍、音楽、映像などの大部分はクローズドであり、オープンであることはまだまだ主流ではない。しかしオープンソースソフトウェアも、オープンアクセスの論文も、オープンデータも着実に増えている。オープンなものが身近なものとなりつつある今、オープンネスの理念に共感する人々がさらに増えれば、もしかしたらこの変革のプロセスを早められるかもしれない。そのような期待を本書は抱かせてくれる。

私にとってこれほどの分量を翻訳するのは初めてであり、非常に実りある経験でした。CCJPの渡辺智暁さんには翻訳についての助言や校閲など、本書の作成にあたっての全ての工程で大変お世話になりました。本書の公開はOKFJの東修作さん、川島宏一さん、庄司昌彦さんのお力添えがあってこそ実現しました、どうもありがとうございます。またこのような貴重な機会を提供してくださったOKFJの皆様、CCJPの皆様、そして素晴らしい原書を提供してくださったRufusさんに感謝申し上げます。

2020年11月 豊倉幹人