11 オープンな世界をつくる
オープンなモデルの原理的な優位性はシンプルだ:
- 万人が情報にアクセスできる
- イノベーションと創造正を増大させる
- 情報技術の能力のポジティブな利用を最大化する
- 競争を活性化する
- 様々な情報のグローバルな独占を終わらせる
- 機会と結果の不平等を軽減する
- 世界の富を増大させる
これらを合わせると、オープンなモデルについての圧倒的な論拠となる。だが、これらをどのように現場に適用できるかについて答えるべき疑問がまだいくつかある。これは技術的というよりも政治的な疑問であり、しばしば私たちの価値と優先順位に関するものであり、政策担当者と評論家が議論するべきものだ。そのような議論の中で忘れてはならないのは、オープンなモデルは完璧である必要はないということだ。現在のクローズドなものよりも優れていることだけが必要であり、変革を正当化するのに十分に優れていさえすればよい。
これからの何年かの間に、不平等とイノベーションに関しては特に、情報についての独占は物財についての独占よりも更に有害な効果を持つということをより多くの人が悟ることになるだろう。「知的財産」は、バーチャルとリアルな世界でのその帰結がより明らかになるにつれてより大きな批判を受けることになるだろう。
しかしながら、どんな変革であれ、そのオルタナティブについて人々が抱く主要な懸念について答えを提示しなければならない:著作権も特許もないオープンな世界で、私たちはどうやって価値のある情報の生産に対価を払うのか?オープン・モデルは単純かつ包括的な答えを提供する:現行の特許と著作権を報酬権におきかえつつ、政府やフィランソロピーによる研究資金提供のようにオープン性と相性のよい資金源は維持する、ウィキペディアのようなコミュニティから資源を調達するプロジェクトも維持する、というものだ。
今日では情報の生産は様々に異なる形で資金を受けており、それは将来においても同様だ。著作権と特許に対する代替として報酬権は大きな役割を担うが、それらの規模や基盤は研究、議論と計画によって決められなければならない。それらは技術的・社会的懸念と共に進化していく。
膨大な量の情報が私たちみんなによって四六時中生み出されているー私たちのブログ維持や写真、決して日の目を見ることがない小説、メールーこれらの大半は経済的なコストや影響のないものであり、勢いを削がれることなく続くだろう。ここで問題なのはオープンなものであれ、クローズドなものであれ、価値ある情報への資金提供であって、資金源は数多く存在している:
- 事業(ジャーナリズム、映画の製作、市場調査、広告、ファッション)
- スポンサー(商業的なものであれ、プロボノであれ)
- フィランソロピー(研究、芸術、建築、賞など)
- クラウドファンディング
- 国家支出(大学、学会、チャリティ)
オープンモデルの下では、これら5種類のファンディングは全て継続するが、彼らが生み出す情報のかなりの部分は既にオープンだーそうでなければオープンにできるものだ。例えば、公的資金によって実施された研究によって生み出された情報は既におおむねオープンであるーそしてそうなっていない部分はオープンになるべきだ。1だが、オープン性は主として国家の資金提供に関わるとか、ボランティアに依存するということではない。
11.1 独占権に代わる報酬権
Section titled “11.1 独占権に代わる報酬権”今日既にオープンになっている知識と情報の生産活動は、「知的財産権」の廃止によって影響を受けないだろう。だが、収益を特許や著作権に依存した事業者が資金を担っているような情報も膨大な量残る。本書が提案するのは、特許や著作権のような知的財産の独占に代えて報酬権を全面的に導入することだ。これはソフトウェア、統計、デザイン、ニュース、地図、医薬品、そして幾多の他の種類の情報についての報酬権を意味する。更には、私たちは主な知的財産権(特許と著作権)のそれぞれを、類似の報酬権によって代替するだろう:特許権的な報酬権と著作権的な報酬権、それぞれが対応する既存の独占権と同じ資格についての規定、同じ有効期間を持つ。
報酬権はイノベーションを奨励する他の手段と完全に互換性を持つものであり、それらを強化することもできる。例えば、報酬権の存在は、プライベートセクターにおけるフィランソロピーの支援に新しい道筋を提供するだろう。フィランソロピストたちは報酬権の基金に直接資金を寄付することができ、それによって、例えば写真なり詩なりに対する報酬をより大きなものにすることができる。そしてプライベートセクターの賞などを通じたオープンなイノベーションへのサポートは、課税控除を通じて奨励することもできる。
11.2 報酬権は現実的か?
Section titled “11.2 報酬権は現実的か?”特許制度に対する有力な代替案を提示するために、報酬権は技術的にも政治的にも実現可能性を備えている必要がある。技術的には、報酬権制度に必要な多くの側面は既に存在している。私たちは既に価値を測る手段を持っており、私たちは既にイノベーションのオーナーシップについての定義と、イノベーションが他のイノベーションの上に達成されている場合の扱い方を手にしている。これらのメカニズムはそれぞれ、報酬権に再利用可能だ。
加えて、報酬権に必要な政治的基盤は、一貫した国際(しばしば国内)的法制と選択可能な紛争解決の手段、関連する基金の管理母体に類する組織のためのルール、そして持続可能な資金調達の手段を含め、既に存在している。
11.3 報酬権は技術的に実現可能である
Section titled “11.3 報酬権は技術的に実現可能である”報酬権が資金提供の仕組みとして実行可能であるためには、このモデルの技術的な側面が実行可能でなければならない。主に4つの課題がある。
- 境界線の確定。どのイノベーションがどのイノベーターに属するのか?
- 再利用。研究は積み上げていくものであるから、報酬権モデルはイノベーターに適切な割合で報酬を与えることは重要であり、肩の上に乗られる人々を不利に扱ってはならない。
- 配分。こうした基金をどのようにして報酬権を持つ人々に配分するのか?
- 評価。異なる種類の情報(医薬品、音楽、ソフトウェア、等)にどれだけ基金を割り当てるかについて、どのように決定したらよいか?
幸運なことに、これらの必須事項の全てについて、先例がある。
11.3.1 私たちは既にイノベーションを誰が所有しているかを決定している
Section titled “11.3.1 私たちは既にイノベーションを誰が所有しているかを決定している”特許と報酬権の両制度にとって、個々のイノベーションが分離できることは決定的に重要である。権利を個人に与えるためには、それが特許の独占権であれ、報酬権であれ、イノベーションの帰属を正しく決められなければならない。このプロセスは特許制度にとって不可欠であり、報酬権に直接再利用できるものだ。
11.3.2 私たちは既に複数のイノベーターの間で権利をシェアしている
Section titled “11.3.2 私たちは既に複数のイノベーターの間で権利をシェアしている”報酬権はイノベーションに関する全ての情報が全てオープンアクセスになっていることを条件として与えられるだろう。そこで報酬がイノベーターのある世代と次の世代の間で公正にシェアされることが可能だというのは重要なことだ。
このようなシェアは既に起きている。というのも、イノベーションとクリエイティビティは累積的なもので、再利用はしばしば頻繁に起こるものだからだ。今日の独占制度の下では、後発のイノベーターは先行するイノベーターにロイヤルティを支払うことが要求される。報酬権モデルの下では、特許や著作権制度のロイヤルティ同様、後発イノベーターは、自分が受け取る報酬の支払いのある割合を、自分が利用した作品・成果を生み出した者に支払う義務を負う。この割合は単純な場合については標準化され、より複雑な場合に関しては両者が交渉することができ、もしも互いに受け入れられる解決が見つからない場合には究極の頼みの綱は裁判所となる。言い方を変えれば、もしもあるイノベーションが報酬権のある既存のイノベーションの上に成り立っているならば、この二次的イノベーターの権利のある割合は一時的イノベーターのために確保される。
現行のシステムとの主な違いは、先行するイノベーターは、今日の制度とは違って、再利用を禁じる絶対的な権利を持たないという点にある。むしろ彼らは「平等な報酬請求」の権利のみを持つ。この変更は後発のイノベーターを優遇するが、先行するイノベーターが依然公正な報酬を受け取ることを確保する。
11.3.3 私たちは報酬権の保持者の間で基金を配布することができる
Section titled “11.3.3 私たちは報酬権の保持者の間で基金を配布することができる”クリエイターに対して報酬権基金から支払いをすることはかなりストレートなことであり、上記のケーススタディで音楽と医療においてそれがどのように実施されるかを既に示した。異なる楽曲の再生回数や医薬品の利用と健康上の恩恵であれ、配分は類似例を比較し、共通尺度を用いて行われる。それぞれの種類の情報について、基金は独自のメカニズムを必要とする(例えば、ソフトウェアは音楽とは異なる基準を持つことになるだろう)が、鍵となる原則は明白だ:報酬権者は利用量と彼らのイノベーションが創り出した価値に従って支払いを受ける。そして配分は、透明で、予め決められたアルゴリズムによって行われ、独立した評価者の監視を受ける(そうすることでプロセスへの政治的な干渉のリスクをなくす)。
11.3.4 私たちは各種の情報にいくら支払いがされるべきかを評価できる
Section titled “11.3.4 私たちは各種の情報にいくら支払いがされるべきかを評価できる”報酬用基金の間の適切な割合の配分はより大きな課題だ。というのもそれには共約不可能な価値観の比較が求められるからだ:新しい乳がんの治療法と比べてビヨンセの新しいシングルはどの程度の価値を持つと考えるべきだろうか?
私たちは、たとえばフットボールとケーキのように互いに似ていない物理的な物に関して私たちがどうやって判断を下しているかを見ることから始めることができる。最も広く見られるメカニズムは市場だ。買い手と売り手のやりとりが価格を(従ってある種の相対的な価値も)、そして幾つのフットボールといくつのケーキが作られるかを決める。しかし伝統的な市場価格は、私たちが物理的な物を比較する時には、それぞれの物は限られた供給量しかないため、よく機能するが、情報に関してはこの仕組みは破綻する。何故なら、私たちが見たように、デジタル情報には私たちが制限しない限り供給量の上限がないためだ。経済学者なら、ケーキは必要なだけ巨大になる、と形容するかも知れない。誰もが一切れもらうことができ、誰もお腹を空かせる必要はない。独占権のない情報の市場システムにおいては、この無限の供給は価格をゼロに向かわせるーそこで、異なる種類の情報の相対的な価値について何の示唆も与えないことになる。
だが、独占権についてはどうだろう:これによって情報財の市場価格がもたらされるのではないだろうか?ここで問題なのは、市場価格は存在していれば有用だというわけではなく、実際の価値やコストに沿って出費や生産活動の割り当てをするから有用だ、ということだ。この有用性は、いくつかの条件下で成立するものだが、独占権の対象になっている情報財についてはそうした条件はほとんど満たされない。
第一に、情報財は(国防のような公共財と同様に)一回だけの大きなコストが発生し、利用者が増えることで発生する追加的コストは些細なものに留まる。例えば、私たちが軍隊を維持するために一度お金を使ってしまえば、防衛する対象に100人の市民を追加することで発生する追加的コストはゼロだ。同様に、一度アプリが創作されてしまえば、そのコピーをもうひとつ作るコストはゼロだ。これは市場の価格システムに対して難しい問題となる。大きな固定費用が意味することは、利用が増加すると価格が下がる(価値は下がらないにもかかわらず)ためだ。
第二に、根本的なレベルで、情報財を市場を通じて価格付けすることは本当のところは不可能だ。国家が人工的な独占を作る時にのみ、情報に価格がつけられるーだがこの行為そのものが、消費者の需要ではなく生産者が価格付けをすることを可能にするために、市場のメカニズムを損なってしまう。他にも見ることが出来る映画はいろいろあるが、どれも「ハリーポッター」なり「ミニミニ大作戦」とは厳密に同じではないため、真の競争は存在しない。市場のメカニズムは歪んでおり、その結果として資源の配分も最適化されない。
「知的財産」の制度は、しばしばいわれるような純粋な自由市場メカニズムではない:それは既に政治に染まっている(だからあれほどのロビー活動を引き付ける)。例えば、社会がある特定の情報に対して与える独占権の期間と性質は政治的な決定によって決まる。人命を救う画期的な新薬の特許は10年間続くべきか、それとも20年、あるいは50年だろうか。(この決定の持つ甚大な影響を考えてみるとよい。)政府は科学研究にどれだけ予算を使うかも決めなければならないが、そのための評価が一層推測まじりになる諸要素がそこにはある。生物学の基礎研究は、たとえば、医学のブレイクスルーに繋がるかも知れないし、そうでないかも知れないが、効果は数十年のタイムラグをおいて現れる。
報酬権の仕組みが異なる種類の情報の価値を評価し資金の配分をするにあたって直面する困難は、私たちが今日備え持っているシステムに既に見て取れるものだー単に見えにくい形で存在してはいるが。報酬権が提起する問題は新しいのではなく、単により見えやすいだけだ。
経済学者は、価値を評価し、音楽領域のリンゴと医療分野のオレンジを比べるテクニックを、不完全なものではあるが、持ち合わせている。サンプリングのテクニックは、たとえばアプリであれ、天気予報であれ、アルゴリズムであれ、情報財の利用全体についてのよい手がかりを与えてくれる。わかるのは利用のレベルだけで、利用者がそれにおいている価値はわからない。だが、支払い意志の調査などのテクニックも存在する。「ヘドニックプライシング」と呼ばれる手法は価格が存在しているものを用いて価格が存在していないものを評価する。例えば、美しい眺めの価値は何だろうか?美しい眺めについての明示的な市場は存在しないが、人々が家屋に払う価格は計測される。そこで、これに加えてどの家が美しい眺めを提供できるかと、大きさや立地などの他の諸要素について知ることが出来れば、美しい眺めに暗に支払っている額をあぶり出す第一歩が踏み出せる。生の価値についてすらいくばくかのことが言える。死亡率の小さな増加を避けるために人はどのくらいの支払いをするだろうか?例えば、摩天楼の窓の清掃のような危険な仕事を引き受けるのに私たちはどのくらいのボーナスを支払わなければならないだろうか?
更に私たちは、今日の支払いレベルをもとに報酬権制度をスタートすることができる:私たちは音楽、映画、ソフトウェア、医療にそれぞれどの程度の支払いをするかを基に。不完全ではあるが、これらの既存の支払い額は有用な手がかりを提供してくれ、報酬権をこれらに基づいて設定することは歓迎すべき継続性を確保することにもなる。
結論として、配分の問題についての最終的な回答はあり得ないが、オープンな世界における一般的なアプローチを提案することはできる。それぞれの創作分野について、現状の投資のレベルが新しいモデルのスタートラインを提供し、既存のツールとデジタル財の利用形態と利用レベルについての大量のデータとを活用してオープンな世界の情報財に少なくとも名目上の価値を与えることができる。
究極的には、異なる形態の情報に対してそれぞれ提供するべき総額は、必然的に公的な議論の対象である。数多くの異なる領域の新しい情報に対して私たちはどれだけを割り当てるべきか?だが、支出のレベルを決めることの困難は、新しいものでもなければ情報に特有でもない。公園、学校、戦闘機にどれだけの出費をするかを決める時、社会は同じ問題に直面している。
この理由により、私たちは議論を今はじめるべきだ:報酬の基金はどの位の大きさであるべきか、どのように集金されるべきか、そしてどのように分配されるべきか。私たちは公衆に対して報酬権が何であるかを説明する必要があり、オープンアクセスの諸利益を説明する必要があるーーより安価な医薬品、研究の加速、その他の形で社会に対して、様々な財がより安価で独占されていない形で個々人に対しても、そしてずっと自由なインターネットとニュースサイト、音楽、映画、書籍、そのほかたくさんの財へのユニバーサル・アクセスも。
11.4 報酬権は政治的に実現可能性がある
Section titled “11.4 報酬権は政治的に実現可能性がある”技術的に機能すると同時に、報酬権は政治的にも運用可能でなければならない。これは以下のことを伴う:
- 基金への十分で持続可能な資金提供
- 基金の構造と法的地位についての堅牢なガバナンス
- 今日の状況から新しいオープンモデルへの円滑な移行
これらの要件も満たすことができる。
11.4.1 持続可能な資金提供は、全国的またグローバルに確保することができる
Section titled “11.4.1 持続可能な資金提供は、全国的またグローバルに確保することができる”全国的な規模ではじめるにあたり、政府は予測可能で信頼できるレベルの資源を提供する必要がある。当該の国に存在する事情や慣行によって必然的に異なって来るものだが、これを実現することは可能だ。
基金は法的に独立し、透明なガバナンスを備えるべきだ。これは資金を保証し、政府の予算全般から分離しておくことになる。統治体の最も重要な特徴は不偏性だろう。これを保証する一つの方法は選挙政治と政治的党派から独立させることだろう。
グローバルな規模では、基金への平等な寄与のためのシステムを構築し、全ての国に寄与を義務付ける国際的な合意が必要となる。これによって基金が毎年固定された額の支出可能な資金を備えるようになる。個別のタイプの報酬権についてのこのような拘束力を持つ合意を確立することによってのみ、フリーライディングは抑止できる。
幸福なことに、私たちはこのような仕組みを既に備えている。例えば、既存の知的財産制度はフリーライディングを防止するための国際的な合意の効果を明らかにしている。そして私たちは既に、政府が資金を拠出しあう国際的なイニシアチブの多くの例も、研究資金提供や宇宙探索などについて、持ち合わせている。
11.4.2 報酬権は国内法および国際法との適合性を持つ
Section titled “11.4.2 報酬権は国内法および国際法との適合性を持つ”ほとんどの国は、世界貿易機構のTRIPSのような条約の加盟国だ。TRIPS条約は特許と著作権を認め、実現することを要求するものだ。報酬権のモデルはこのような法的枠組みと適合性を持つ。
TRIPSはグローバルで拘束力を持っているが、柔軟性も組み込まれている。排他的な権利に対する例外を許容する法的な規定が存在しており、これによって特定の状況におけるアクセスを拡大し、独占権を回避することができる。例えば特許権者が彼らのイノベーションの利用を阻止することができないように、「強制許諾」が一定の状況で許容されているー適切な補償は提供されなければならないが。
独占権を完全に置き換えることが一時的には困難なプロセスであったとしても、進歩を妨げてはならない。例えば、独占権の保持者は自主的に彼らの権利についてのライセンスを報酬権基金に提供することもできるーちょうど著作権者が今日、著作権管理団体やSpotifyに対して行っているように。あるいはまた、報酬権は独占権と並行して与えられ、イノベーターはどちらか一方を選択しなければならない、という方式も可能だ。そして報酬権は独占権よりも多くの側面で魅力的で選択されやすいようにすることができる:例えば、高いレベルの資金を報酬権に対して提供することや、国家のあらゆる支出について報酬権を優先すること(そして特許が取得されている医薬品への支出を制限することができる)や、更には特許権からの収入に直接課税することで(TRIPSや他の国際的合意に反することなく)特許の魅力を減ずることもできる。このオプト・インのアプローチは全面的な移行よりも魅力は弱いが、政治的あるいは法的理由によって独占権の撤廃が短期的には現実的ではない場合には有益だろう。
11.4.3 報酬権つきのオープンモデルへの移行に私たちは成功することができる
Section titled “11.4.3 報酬権つきのオープンモデルへの移行に私たちは成功することができる”オープンモデルを導入する最も速い方法は明らかにグローバル「ビッグ・バン」で、一夜のうちに独占権を撤廃し報酬権に置き換えることだろう。それと同じ位明らかなことは、そのような改革の規模と複雑さのために、これは起こりそうにないということだ。その代わりに、私たちは地域と産業の両面での漸新的な採用を奨励するべきだ。個別の国や複数国からなるグループは、他の国々が独占権を維持していたとしてもオープン・アプローチを採用することができる。そして一つの国や複数の国のグループが最初はオープンアプローチをひとつか数種の産業にだけ採用するというのもとても現実的なことだ。例えば音楽について報酬権を導入し、他のすべてについては独占権を維持するなど。このようにオープンモデルのパイロットテストをすること、既存の独占権制度と並行して運用することには大きな利点がある。そのようなやり方はこのような集団的な取り組みの成功に不可欠な、新しいアプローチのテストと段階的な採用を共に可能にする。
いかなる変化にとっても必要となるもうひとつのカギは主要な利益集団が支持すること、あるいは少なくとも積極的に反対しないことだ。政治的な権力を考えるなら、カギとなる集団は製薬会社、レコードレーベル、出版社など独占権の既存の保持者たちだろう。このような利益集団は既存の地位のいかなる変更に対しても常に慎重なものだが、報酬権が彼らに対しても、社会に対しても利点を与えることができると自信を持つことができる理由がある。まず、独占権の保持者の視点からは、報酬権はかなり似たものに見える。似たような組織によって与えられ、似たような期間持続し、同じかそれ以上の収入を生む。これが、もちろん、最も重要な点で、報酬権基金を通じて保障される金額が現在の売り上げから得られる収入と比べてよいことは必須だ。たとえば、米国が医薬品を対象にした報酬権基金を設置した場合、その基金は少なくとも今日特許が取得されている医薬品に使われている金銭の総額と少なくとも同じだけの潤沢な資金を与えられている必要がある。公衆はアクセスの増大とコストの低減によって大きな便益を得られるが、企業が損失を被る必要はない。
それがウィンーウィンのオープン・レボリューションの素晴らしい点で、総体として、報酬権のこれらの特徴はこの変革が政治的にも技術的にも実現可能だという確率を大きく増大させる。
Footnotes
Section titled “Footnotes”-
今日、情報のオープンな生産の例はこれ以外にも存在している。例えば、商業ベースの事業上のイノベーションの一部はオープンにシェアされており、その補完財、関連サービスやコンサルティングによって収益が生み出されている。これは「フライドポテトとケチャップ」アプローチと称される:ポテトフライを無償で提供し、ケチャップを売ろう。あるいはその逆でもよい。イノベーションが「知的財産」として認められない領域を含め、多くの領域の先駆者はこのようにしている。結構な割合のイノベーションは、たとえば手術のテクニックのように、特許となっていない(なるべきでもない)が、新しい手法を開発している外科医達はそれをしばしば熱心にシェアするし、その時彼らはシェアすることで職業上の評判や、より多くの患者が得られるということを知っている(加えて、善いことを為し、人類の幸福に貢献したいというシンプルな欲望も見落とすべきではない。)新しいアイディアは間接的な報酬のために無料でシェアされるもので、このような種類のイノベーションは私たちが思いつくよりもはるかにありふれている。エリック・フォン・ヒッペルらの研究によれば、これは医療をはるかに超えて、ミシェランの星付きシェフから化学産業にまで及ぶ。特筆すべきことに、フォン・ヒッペルはあらゆる製品イノベーションの過半数は実践している人によって生み出され、彼らの多くは自分たちの費やす努力を正当化したりまかなったりするために排他的権利を求めたり必要としたりもしない。 ↩