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5 権力との対峙

プラットフォームであるGoogle、Facebook、Microsoftはそれぞれ単一の企業として存在するが、これがそうである必然性はない。プラットフォームは、誰にも所有されない、あるいは利用者全員に所有されることで中立的であることも可能だ。インターネットは計算や通信の必要性から、ひとつのネットワーク、ひとつのまとまったプロトコルへ収束した。しかしこれは単一の企業に所有・コントロールされているわけではない。インターネットが要求するプロトコルと、反社会的なコンテンツを除外する特定の法的な決まりに従う限り、インターネットとそこにいる他のユーザーとつながることができる。インターネットは、すべてのユーザーを公平に仲介するプラットフォームなのだ。

これをFacebookと比較してみると、異なるあり方が存在しうることに気づくだろう。Facebookはメディアの共有、コミュニケーション、個人認証とスパム対策を提供している。しかしそれらのプロトコルとプラットフォームの大部分は私有のものであり、会社によってコントロールされている。結果としてそれらを誰が何のために使うかを最終的に会社が決定している。これら2種類のプラットフォームの違いは2018年のCambridge Analyticaのスキャンダルで明白になった。Facebookは個人情報の悪用に関して責任を追求されたが、誰もインターネットそのものを責める人はいなかった。

しかし、Facebookがオープンなプロトコルを用いることで世界的にアクセス可能なインターネットのようになれなかった理由はない。一つの企業によってコントロールされた私有のソーシャルネットワークの代わりに、ユーザーによって所有、コントロールされたオープンなソーシャルネットワークがあっても良かったのだ。オープンなソーシャルネットワークでは、適切に認証された誰もがプラットフォーム上でつながり、新しいものを作り出すことができる。しかし現状では、(そしてそれに私たちは気づいていないかもしれないが、) Facebookは自身にとって不利に働くことや、脅威と感じるものを排除することが可能なのだ。例えば、Facebookを使った新たなソーシャルネットワークを作ることはできないし、Facebookの広告をブロックするプラグインを導入することもできない。

さらに、Facebookの力はFacebookのサイト内にとどまらない。2010年11月2日の米国議会選挙の日に、Facebookは6100万人いるアメリカのユーザーのニュースフィードに、選挙に関する情報と共に、友達同士で投票に行ったことを知らせ合うことのできる「投票しました」ボタンを表示させた。Facebookの意図は純粋で、党派的なものではなかった。しかしその結果は驚くべきものだった。2012年に報告された分析によると、Facebookのこの行為は最低でもおよそ340,000票を増やすことにつながったことを示した。これは増加した投票率全体の25%にあたり、投票率を増加させた単一の要因としては最大のものだった。この変化はそれほど重要に聞こえないかもしれないが、投票率の増加はときに大きな影響を与えることがある。例えば、2000年のAl GoreとGeorge W. Bushとの間の大統領選は最終的にフロリダの537票差で決定した。これは投票した人全体の0.001%にあたる。2016年には、ペンシルバニア州、ミシガン州、ウィスコンシン州にてDonald TrumpからHillary Clintonに合計で100,000票移っていればHillary Clintonが大統領に選ばれていた。Facebookの2010年の介入は一つのメッセージとボタンという小さなものだった。Cambridge Analyticaのようなより集中した取り組みともなればより大きな影響を与える可能性がある。

Facebookは2012年に同じ実験を行ったがその結果は公表されていない。おそらくFacebookが2014年に行った“emotional states”実験の結果に対する人々の反応を意識してのことだろう。“emotional states”実験では、よりネガティブな、あるいはよりポジティブな内容を一部のユーザーのニュースフィードに表示させることで、その人の感情に影響を与えることが可能であることが示唆された。Facebookは「真面目な」ニュースの表示が投票率にどう影響するかも調査したが、その結果も公表されていない。Facebookがこのようなことをしていることが問題であることは明白だ。Facebookのようなプラットフォームが持つ潜在的な力は巨大で、この力は政治的な目的で意図的に使われる可能性がある。

そしてこれはFacebookに限った話ではない。2015年にProceedings of the National Academy of Sciencesで出版された研究では、Googleも、政治家や政党に関する検索結果を変えることで選挙結果を動かす力があると報告された。現実の有権者を使った簡単な実験では、検索した対象についてよりポジティブな、あるいはよりネガティブな結果が表示されるよう検索結果を操作することで、大きな影響、とりわけ投票する対象が定まっていない有権者たちに大きな影響を与えうることがわかった。さらにこの現象が、TrumpとClintonとの間の大統領選挙のような、僅差で決まった世界中の多くの選挙結果を変えるのに十分であるということも説明された。

進んだ民主主義ではメディアの所有が集中しすぎないよう対策を講じる。例えばドイツでは一つの会社が持つことのできる読者や視聴者の割合に規制を設けている。しかしFacebookやGoogleは歴史上のほぼすべての新聞や放送局よりも多くのユーザーの意識を占領している。明白でない上、透明性や監視が不十分であることからソーシャルメディアにおけるこの独占に近い権力はより強力で、表現、諮問、思考の自由を制限するポテンシャルをもつ。

行動を起こす必要があるのは明らかだ。しかし私たちには何ができ、そして何をすべきなのだろうか。単純な規制は非効率で持続的ではないように思える。例えば、次のFacebookが登場したときに何が起こるだろうか。そして何より、規制はこれらの独占企業をさらに定着させるリスクがある。善意のある監視は硬直したルールへと変化し、独占企業への悪影響を及ぼすことなく、新たな企業が競争に参加することを阻む乗り越えられない壁を作ってしまう可能性があるのだ。(その事例となったFCCとAT&Tについては後に取り上げる。)これに加えて昔ながらの規制には官僚的な監視が必然的に伴うため、イノベーションの速度についていくことが困難となる可能性がある。幸い、オープンモデルは前進するための選択肢を提供してくれる。オープンモデルは独占の問題に対して、強引な規制を避けつつ持続的なイノベーションと自由な競争を育む解決策を提供してくれる。報酬権を用いてイノベーションを起こす人たちにお金を払うことで、市場の力と規律、そしてインターネットのオープンネスを結びつけることができるのだ。